Flow Fateful ...








  ――こんこん。     時刻は午後三時を過ぎていた。結依は小隊長に就いている為、小隊の指揮、指導だけで無く  会議も仕事が多い。二時半からは会議が入っていた筈だ。栄人は一応あれでも真面目になる時  はかなり真摯に対応する。その態度を良くも悪くも評価する者も居れば、容姿端麗文武両道で  ある為に嫉妬する者も居る。今頃は苦手な報告書を隣室で片付けている最中だろう。  「失礼するよ。相沢少尉」   ノックの数秒後、見慣れた容姿が顔を覗かせた。真は動いていた手を止め、立ち上がる。  「何か御用ですか? 一条小隊副長」  「いや……座ったままで構わないよ。それと、同じ少尉だからあまり堅苦しい事は」  「朝方にも同じ事を結依に言われたよ。全く……」   お互い苦笑すると、電気ポッドで沸かしたお湯で作ったインスタントコーヒーを差し出して  一服する。中肉中背の真に対して、一条氏は少しスレンダーな体型で、揉みあげを伸ばし、長  い後髪を束ねている。遠くから見たり、ぱっと見れば女の人である。印象で言えば、クールな  栄人に対して、彼はホットな印象が強く、人望も厚い。飾らない性格で仕事も出来るとなれば、  出世頭の筆頭になって来る。   この二人の印象の第一印象、イギリス人と日本人の大佐との間に生まれた才媛の存在は、そ  れだけで「デュース」の存在は弥が上にも薄くなる。しかし、そんな事は他人が決めるもので、  飽くまで他人の評価でしかない。それだけの材料で判断するのは見極めが足りない。  「それで、蓮。どうした?」   差し出されたコーヒーにスティックシュガーとコーヒーミルクを入れてスプーンで溶かす。  「これが会議資料と、真が言ってたエクストラクターの調整結果。菱間さんにはもう言ってあ  るから、感度確かめに来いって」   息で熱々のコーヒーを冷まし、口に持ってくる。  「栄人が言ってたOSの不具合は?」  「自分も確かめたけど、修正パッチ当てたら解消。郁人も随分あっさりしてたって語ってたな」  「それなら問題無さそうだ。それじゃあ書類片付けたら格納庫に向かうよ」  「了解。それじゃあこれだけだからオサラバするよ。コーヒー御馳走様」   そう言うと蓮は、冗談の様な軽い敬礼をして、執務室から出て行った。革靴の音は段々と遠  くなって過ぎ去って行く。部屋には真のコーヒーを啜る音と報告書を書く為にキーボードを打  ち込む音以外は聞こえなかった。やがて数分すると、それまで平静を保っていた腕時計が突然  震えだした。  「どうした」  『さっき一条に会った。今お前が『格納庫に向かう』つってたから連絡しようと思って』  「は?」  上官、結依より上のもっと偉い方からの定期メッセージかと思ったが、聞き慣れた声が耳に入  って来た。この声は、蓮と反対な印象を持つ橘栄人さんだ。  『は? って何だよ。ああ、仕事中でしたね申し訳ありませんでした』  「いや珍しいからに決まってるだろ……それで、何かあったのか」  『エクストラクターとOS。先にチェックしておいた。特に問題は無い』   クールな栄人なのだが……時偶に気が利いたり、逸早く何かを察知する。野性の感と言うか、  直感と言うか。彼は意外とまめな性格である。  「至近距離でもクリアなノイズじゃ無かったからな。今イスダートの中か?」  『ああ。ついでだから軽く動作シュミレートして上がりにする』  「了解」  『あーそうだ。俺の居た執務室にパソコンあるだろ。電源の落とすの忘れたから切っといてく  れ。それと俺のお宝秘蔵フォルダは見るんじゃねーぞ……まだ見てねえから』  「仕事中だから見たら大変な事になるだろ……」  『良いか! 見るなよ絶対! 俺はどうなっても知らないから交信終了。切る』   突然切られて、押し付けられてしまった。感心したと思ったら直ぐに切り返させられてしま  う。  「仕方の無い奴だなおい……」   取り敢えず栄人の居た執務室に置いてあったパソコンの前に向い、電源を落とす所で手が留ま  った。若さ故の、衝動だろうか。見たい。気になる。涎が唸る。心が躍る。――多分、見るには  罠を潜り抜けないと駄目だろう。今ここでパスワードを解く自信も無いし、もし在っても二重三  重にしてるかもしれない。でも、解禁した後で一々パスワードを解いて見るのは気が失せる。何  か良い手は無いだろうか――そんな時にある物を渡されたのを思い出した。そう、確か先月の昼  飯時だった。  (プログラムの勉強過程で、プロテクトガードに引っ掛からずにデータを移すプログラムを組ん  だんだけど、どうにも需要が無さそうなんだ)  (随分だな。そうだ、ソースコードとか勉強したいから俺にそのソフトくれないか?)  (ははは、こんな所で需要があるとはね。引き取り量の変わりに昼飯位は奢ってやるよ)   有難う蓮。こんな所で閉ざされた道を開拓出来るとは。ある種犯罪だが、あの反応は試せと言  う勝手なご都合主義で占めさせて頂く。ついでに……データも頂く。だが、今は仕事中だ。デー  タだけ落としたら、後は何もせず電源は落としておこう。とっくに有事になってはいるが。   

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