Flow Fateful ...









 「深井小隊長。先程の件でお話がありますが――」   各棟を繋ぐ廊下を渡り、途中で上司に当たる尉官と会い、敬礼をする。階級が同じの栄人と  は違い、顔見知りでも上司は上司だ。向こうも此方の敬礼に気が付いたのか、礼を返す。そし  て質問された内容より前に別の内容が口から出てきた。  「なんでしょう相沢真三尉。因みに何を今更改まっているのかしら」   多少棘のある物言いを口に出したが、そこから上は形の整った顔が覗かせていた。髪の色は  栄人や真と違い、明るい色をしており、遠くから見ただけで特定出来る色だ。  「人前であるからです、三尉」  「世間体を気にするんだなんて随分ね。相変わらずだけど。……まあ知らない人が居て咎めら  れたら厄介だけどね」   仕様が無いか、と言った感じで軽く溜め息をつくと、歩きながらに先程の仕事の話を自ら始  めた。話す内に段々と固さが取れたのか、元の喋りに真は戻って行き、仕事の話を交えながら  少し他愛の無い話を広げていた。勿論、早く効率良く手は動かしている。朝訓練は終わったし、  基礎訓練は済ませた。午前中にやるべき仕事は事務処理をするだけ。栄人のスケジュールは聞  いて居なかったし、別に聞いた所で同じ隊に居るのだし、仕事内容は殆ど変わらない筈だ。  「そろそろ昼休みね。お昼でも取りに行きましょうか」  「結依一寸待った。まだ切りの良い所で終わってないからもう一寸待って三分位」   結依と呼ばれた上司がそう言うと、余裕が無いのか、かたかたと熟練された様なスピードで  文字をコンピュータに打ち込んでゆく。作業している間に付けて居る腕時計を見ると、確かに  十二時を過ぎる前の頃だった。正確には二分と三十七秒前で、薄い青の秒針は刻々と数字を三  から四、四から五以上へと進めて行く。  「そんなに焦らなくても食堂とご飯は無くならないわよ。ちゃんと待っててあげるから。唯、  二時までには報告書出してよ?」  「食欲と睡眠欲には勝てないんだな……これが」   かたん、と椅子を後ろに押し出すと同時に、小指で確定や改行を示すボタンが押し込まれた。  その顔は安堵に包まれてとろけた表情になっている。階級の同じ誰かがその顔を見ていたら、  恐らく一言二言何か言っていただろう。  「グッド。受け取ったわ。それじゃあ行きましょうか」   そう言うと、唸った表情で親指を立ててゆっくり前に出す。そしてそのまま引くと、親指は  仕舞って構えるポーズになっている。『メニューは?』と結依が聞くと、真は『スタミナ日替  わり』と答える。すると、真も軽く右手を握り始めた。今にでも拳が、利き手が飛び交いそう  な緊張感が走る。  「じゃあ私はサンドイッチ定食にサラダバープラス。文句、無いわね」   その指は既に五本全部、開いていた。    「何度目かしら。一月と一週間の五回連続?」  「かもな。その内結依に二回ストレート。栄人と蓮に一回。それと確か六回あいこの後の一人  負け」  「これまた随分ね。厄月かしら」  「これが縁月だって言うんだったら相当な物だけどな……」   軽く昼食を済ませた後、休憩スペースで談笑していた。丁度昼時の巡回や警備担当の隊員に  は申し訳無いが、ここと食堂の盛況振りは目を見張る物がある。昼休み等の休憩時間は、誰だ  って取りたい物である。   ここの食堂は一般に何故か――開放しており、基地祭や特定の行事でも無い限り空く基地の  例は少ない筈なのだが、現に近くにある会社の社員が食べに来たり、航空関係者も利用してい  る。安くて計算された栄養価の魅力を考えれば不思議ではないが、ある種特殊なケースである。   その特殊なケースに当てはまるのが、大都市近郊の沿岸に浮かび繋がっている数々のウォー  ターフロントの群――区画分けされたメガロフロートの上に建設されている新設基地されたの  がここである。   兆単位の総工費と、最新鋭の技術の恩恵を受けた浮かぶ島は、存在だけで魅力と商業性を引  き出すと同時に、否定を生み出す結果ともなっている。ショッピングセンター街と広大な居住  地区を開発するのは、当然建設された後なのである。然るべき諸問題をクリアし、今は成功し  ていたとしても、後々どうなるのかは不明である。   北部にこの基地と航空設備を置き、区画間を繋ぐ為の交通手段の一つに、環状に各駅を設置。  中央部にはショッピングセンター街。車でもこの基地からそうはかからず、寧ろ歩破も出来る  位である。車で橋を越えれば直ぐに都心に近づけるので、刺激が足りない休日を迎えた人や、  逆にこちらに来るカップルも多い。そんな場所だ。そんな場所だからこそ――     「――何か、裏がありそうだな」  「え?」   急な発言にきょとんとした顔で真の方を向く結依。  「五回連続。仕組んで無いか? 例えば蓮と栄人の名付けて類稀なる裏付けコンビネーション  コンボアタックとか」  「そんな面倒な事する前に誰かは誰かに奢って貰ってるわよ……」  『疑ってるの?』とでも言いたげな顔で、休憩室の端にある自販機から買って来た缶コーヒー  を差し出す。無糖……つまりブラックだ。  「サンキュ。まあ考えすぎか。……そろそろ仕事の準備しないと」   ギンギンに冷えたコーヒーを一遍に飲み干し、ごみ箱に投げ入れる。投擲物は弧を画かずに  殆ど真っ直ぐにビニール袋の張っている箱に吸い込まれた。  「……鋭いわね」   午後の業務内容の確認と準備をする為にいそいそと部屋を出た。今日も特に何も無く昼を迎  え、過ぎ去ろうとしている。だがしかし、それ以前に軍人なのである。戦争に行けと言われれ  ば、行かなくてはならないし、それ以外では幾ら税金の上に積み上げられていようと普通の人  なのである。機械ではない。だからこそ、色々な顔があり、色々な事が起こる。思想の違い、  評価線の違い……様々だ。  

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