Flow Fateful ...






  朝。気が付くと、冷や汗を掻いていた。
  脳裏に刻まれた物がふつふつと込み上げて来る。
  微かに記憶がフラッシュバックしてくるのを感じながら、俺は体を椅子から床に……



  ――どすん。
  彼は昨日、遅くまで徹夜状態でそのまま基地に泊まり込んでいた。
  執務室でノルマ分の仕事を一通り終えた後、時計の針は既に三時を過ぎていた。近場にあっ  た毛布と椅子を寝床にそのまま眠りに落ちた。ブラインドに光が少し差している中、現在の時  は五時半を過ぎており、何時もの夜勤時からの起きる時間ならもう一時間――いや、三十分位  はまだ余裕があった。椅子から上半身だけを起こしたままの状態で時計を見ながらそんな事を  ――考える余裕はどうやら無かった様である。   身に着けていたTシャツが汗だくになっており、現在進行形で額から汗が頬を伝って流れて  いた。右手で頭を抑える辺り、目覚めが悪いのか。それとも頭が二日酔いの様にがんがんして  いるのか。目を瞑ると頭の中にはっきりと画像が映る。意識をはっきりさせる為、こめかみを  指で力強く押さえると、段々元の見慣れた景色へと戻ってゆく。書き終えた報告書、机に置か  れている制服。それらを確認した上で視界は取り敢えず確保したが、引き続き頭の方はすっき  りはしていなかった。  「また……あれか」   そう言うと床から立ち上がり、取り敢えず汗の後始末をと思い、ロッカールームとシャワー  ルームへと覚束無い足で歩き出して、今日もまた、寝床から彼は寝惚け落ちた。   執務室で寝た後、定時通りに起きて仕事場に顔を出すと『風邪引くわよ』だの『ちゃんとベ  ッドで寝て』とか。それを聞かされるのはもう耳にタコが出来る程だったが、これがまた「仮  眠室に行くまでが面倒で瞼も開けるのも限界だった」と言う返事を返すと呆れて仕事の話をす  る。そう言う環境だ。その環境の最中、一人の男は浴場へと向かう。   思い出したくも無い記憶の断辺が頭の中に散布されていた。変わっていなかった自分、  焼き付く戦慄……それがパズル状に組み合わさっては、目を覚ます度に崩れ落ちては手元に戻  る。段々と込み上げてる感情と記憶。そして符号が全て一致して来る……   ――大惨事とも言える事件が、取り巻く環境を襲ったのが。無論……それだけでは無く。   一時的にサッパリした後で、寝床に使った一室に戻り、だらしなく濡れたTシャツを何処に  でもありそうなナイロンの袋に捻じ込む。少し癖のある、毛先の細い、長めの茶色い寝グセで  ボサボサしていた頭は整えられ、目元に少しあるクマを除けば年頃の男の子だ。髭もご丁寧に  剃られている様で良く見てからじゃないと殆ど見えない位である。   そんな最中、まだ眠気の抜けない虚ろな眼で服を探していた。ある意味寝癖も酷い。予めシ  ャワールームに行く予定だったのか計画的に用意されており、着替えも洗面道具も一応一纏め  にして置いてある。どうやら目覚めの悪い夢で多少余裕と予定を早めただけ様で、遅刻よろし  く慌てる事は無かった。   自販機コーナーでノンシュガー缶コーヒーを買って飲む位の時間は何時も取っている。流石  に小さい頃は余裕も無くブラックも飲めなかったが……今は昔。その環境に慣れて来ている。  一通り着替えを済ませた後、机の上の書類を再び整理しようとしたその時、遠くで足音が近づ  くこつこつとした音が鳴り響き、丁度入り口辺りで音が途切れる。……気配を巡らせ、対応し  易い様に体の力を抜き、構える。机の椅子の所に位置取っていた彼はそのまま近くにあった缶  を持つ。銃もナイフも無ければ棒も無い。扉までの距離は大体10メートル前後。  この距離なら指し棒を投げるより缶を投げた方が注意も惹かせられる。警備体制が敷かれてい  るとは言え、一応命の危険がある様な課業だ。一瞬の隙が――   ――かしゅん。  「朝のモーニング・コールに伺いました。お早う御座います、三尉殿……って早いな、おい」  ロックが掛かっていた筈のドアが開けられ、突然の来訪者が姿を現す。身長は同じ位か、それ  よりも少し高く。癖の無い髪は形が崩れずに、その髪の毛は染めた様に赤っぽい茶色で、長い。  白と薄めの青を基調とし、胸辺りには肩に被せる様な黒の生地。その上に左から右胸に掛けて  の紐の様なチェーン。左胸と左腕には刺繍が成されており、その左腕の刺繍には『第二連隊水  蒼小隊』と描かれている。彼と同じ制服で同じ刺繍だが、容姿は彼よりも光る物があった。   一方彼は、一気に来る脱力感で挨拶する気が失せた。その来訪者は、にぱっと笑うと彼は瞬  時に真顔でふうと鼻で笑う様な息をし、クールに返す。彼は心なしか舌打ちをし、顔をしかめ  っ面にした。そして何事も無かったかの様に口を開く。  「ああ、おはよう」   そう言うと驚いた様子で行き成り来た来訪者は彼の方をより見据えて、付け加える様にして  返答した。  「……なんだかね。まあいいや。折角起こしに来てやったのにそれは無いぜ」  良くある『幼馴染が部屋にやって来て叩き起こしている』。そんな風にさらっと言った。実際  の所は居そうだが実は中々居ない物である。すると、彼は彼のちょっとした変異に気が付いた。  「よく見ると顔青いな。早起きはする、もうとっくに着替えてる。一体何があったかは知らん  が――」  「栄人……俺が不規則オンリーだと思ったら違うぞ」   赤茶髪の栄人と呼ばれた青年に呆れた物言いで返すと、彼自身も言葉を詰まらせて、無意識  に表情を曇らせていった。  「ちょっと、あれが……ね」   数分間の沈黙。そしてそう自分にも言い聞かせる様に言うと、その青年はまた驚いている様  だった。それに反応し、喋ろうとした口が少し閉じて発する事を躊躇った。どうやら栄人もさ  っきの夢の事を知っているらしい。  「吹っ切る方が辛いけどな……俺には忘れるのは無理だ」  「あんまり悩むな。かえってやり辛くなるぜ」   束の間の沈黙を破って彼は少し笑い、再び書類を整理し始めた。どうやら表情を察したのか、  軽い程度に返す。なるほど、中々この青年は頭が切れる様である。ふと何を思ったのか、見据  える方向を変えて右腕に付けている時計端末を見る。暗めの画面に緑のデジタル文字。秒針が  零二つに変わり、段々と進んでゆく。  「うげ。もうこんな時間じゃねえか……。 真、急ぐぞ!」   カチカチと音を刻む、機械仕掛けは迫るタイムリミットを刻んでいた。  「そんなの走れば間に合う」   飽くまで冷静に事を進めていた。何時もは朝場が修羅場だし、心掛けてはいる積りだが、重  力の様に圧し掛かる睡眠欲には逆らえずに居た。正直無理だ。眠い物は眠い。   袖に腕を素早く通し、書類を持つ。既に栄人と呼ばれた青年は走って今ドアを抜けた所で、  急げと言う合図を廊下で出している。荷物良し。時間良し。……ギリギリだが。  そんな換気している窓から、体を切っている室内の風が、二人の長い髪を靡かせていた。  「アホ。お前は足速いから言えるんだよ」  「あーあーそうですか。速くも無いし遅れたら結依に何言われるか判らないしで急いだら――」  「当たり前だがまだ遅刻ゼロだよな? したらしたらで責任取って小隊全員の昼食をスタミナ  日替わり定食驕りに――」   そう言うと置いてく様に会議室へと全力で走り出した。「それは断る」と言わんばかりな背中  を見て笑い、栄人本人はそれを追う様にして、彼もまた足を急がせた。

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